『都留文科大学事件の記録』

1969年10月

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「民主化」の上に「自治」を


 

古屋哲夫

 
  はじめ4月と予定されながら、裁判所側の都合でのびのびになっていた判決が、やっと7月29日に下された。3教官が免職になったのが一昨年の9月だから、もう2年近い歳月が過ぎていったことになる。

  いま「判決要旨」を読んでみて、裁判官が我々と同じ質の常識をもっていてくれたことに〃ほっ〃とした。しかし、これで事が終ったわけではない。「大学の自治」という点からみれば、問題はこれからだと云ってよい。

  裁判所は、学長の出してきた懲戒事由について、あるいは本人に陳述の機会を与えない懲戒手続を違法とし、あるいは「懲戒権の濫用」を指摘してそのすべてをしりぞけ、懲戒処分の取消を命じた。

  さらに裁判所は、この事件を学長側の懲戒権の身勝手な行使、従って、その違法な濫用を指摘するに止まらず、懲戒の対象とされた3教官の行為に、「大学の自治の擁護の必要に出たもの」があると認めたのであった(「判決要旨」)。そして問題の懲戒処分には「事件の 原因を考慮の外においた著しく社会通念に反するもの」があるとまで述べている。この裁判所の認定は正確であり適切である。裁判官もまた、学長側のあまりの非常識な横暴なやり方に憤激せざるを得なかったのであろう。

  では「大学の自治の擁護の必要に出た」3教官が懲戒され免職になるというサカ立ちした事態がおこる病根はどこにあったのか。この点を追求し病根をとり除いてゆくことが、今後の活動の中心の課題とされねばならない。事態の責任が大学に権力的干渉を企てた都留市当 局にあることは勿論であるが、我々の当面の目標は、この干渉に抵抗し、市当局に大学の自治を説こうともせず、逆に市当局に追ずいし、市側の気に入らない教官を強引に免職にした学長側の責任を追及し反省を求めることにある。

  そのことが、目下のところ無茶苦茶になっているにちがいない都留大学における大学の自治を再建するための出発点だと私は考える。  
  大学の自治とはたんに外部の干渉から大学を守るというだけのことではない。大学の内部 に「自治」の名に値する生活を打立て充実させてゆくことでなくてはならない。

  この「内部の自治」の充実がなければ、外部の干渉に対して強く抵抗することも出来なくなる。都留大学の場合には、先年の「学内民主化闘争」によって、学内自治の確立の道が踏みだされたぱかりであり、充実した「自治的秩序」が出来あがっていなかったことが、この事件の根底をなしているように思う。 

  と云えば、市長の側も学長の側も、懲戒処分は秩序を守るためにやったと云うに違いない。 しかし、「事件の原因を考慮の外におい」て(「判決理由要旨」)、自分達を少しでも批判するものがあれば、しゃにむに処罰することで保たれる秩序とは何なのか。それでは領主の百姓に対する秩序と変りはなくなってしまう。  

  自治、とくに学問と思想の自由を支える一つの重要な柱である「大学の自治」が、そのような封建的秩序である筈がない。  

  自治とは「批判と自己批判」を内包する秩序であり、「枇判と自己批判」によってしか内容を高め充実させてゆくことの出来ない秩序である。いいかえれば、民主主義と分ち難く結合していない「大学の自治」は、結局のところ、ボス支配の別名に転落してゆかざるを得ないということになろう。  

  ここで民主主義とはたんに制度や機構のことのみを云うのではない。学長・教官・学生が大いに意見を出し合うことに一番の重点がおかれなくてはならない。学長たる者は大いに教官・学生の意見を引き出すようにすべきであって、この学内民主主義の強化によって、外部からの干渉をはねのける力も自然と身についてくる筈である。  

  この点が確立すれば、学長が、「事件の原因を考慮の外におい」て、つまり、事の善悪を追及することなしに、教官を処分することなどありえなくなるであろう。 

  また、助教授以下を排除した人事教授会で、陳述の機会も与えずに懲戒を強行するなどということも起り得なかったであろう。この点から云えば、人事教授会、一般教授会といった機構をつみ気ねることが、民主化を阻害することになっており、その改革は、裁判所によりかかることでは解決し難いにちがいない。  

  この学内民主主義の発展を妨害する者は、とりもなおさず「大学の自治」の敵であり、その時には批判は闘争へと転化せざるを押ない。  
  我々は、甲府地裁の判決を得た機会に、この「大学の自治」と「学内民主主義」の問題について責任を追及し、反省をうながす活動を多様に展開することを考えてゆかねばならない。  

  そして、若し市側と学長側が、この判決にも反省せず、控訴してあくまでも3教官をクビにしようというなら、「大学の自治」に対する犯罪者として糾弾しなければならないであろう。