人文学報 第41号 抜刷

1976年3月

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北一輝論 (4)


古屋 哲夫

12 国家改造の進化論的発想
13 国内改造の基本構想



12 国家改造の進化論的発想


 1919年(大正8)6月、北は、「21カ条を取消せ」「青島を還せ」という中国民衆の排日の叫びを身近かに聞きながら、断食による精神統一を企てた。満川亀太郎にあてて「ヴェルサイユ会議に対する最高判決」を書き送ったのは、この断食中のことであった。そして長田医師と譚人鳳の勧告で断食をやめると、今度は「身体の衰弱もまだ恢復しきらない中に、改造法案の執筆に着手した」1)。当時北の生活を世話していた長田医師は、官憲の弾圧を憂慮し、執筆に際しては「何事も皇室中心主義でなければならぬと言ふことをくれぐれも注意し、書き上げた原稿は一々自分が目を通すと固く言い渡したのである」2)と回想しているが、やがて書きあげられた『国家改造案原理大綱』3)には、この忠告によって北が筆を曲げたと考えられる部分は見当らない。例えば武家政治時代の天皇が「国民信仰ノ伝統的中心」(2-222頁)であったとするような、『国体論』においてはみられなかった天皇の理解にしても、すでに『支那革命外史』において示されていたものであり4)、『改造法案』で新たに打出されたというものではなかった。

 

1)、2)

長田実「北一輝を語る」、田中惣五郎『北一輝・増補版』(1971年、三一書:房)198頁より重引。

 

3)

この著作は、1923年(大正12)改造社より刊行されるにあたって、『日本改造法案大綱』と改題され、内容にも若干の修正が加えられたが、以下、この修正を問題にする場合を除いては、『改造法案』と略称することとする。

 

4)

本稿(2)、人文学報38号、192〜3頁参照


 北はのちに『改造法案』執筆の意図について、 「日本帝国を大軍営の如き組織となすべしと謂う精神を以て記載した」 1)と述べているが、 なるほど彼にとっての「国家改造」とは、直接には、すでに『支那革命外史』で主張した対英・対露戦争を遂行できる国家体制をつくりあげることを指向するものであったことは明らかである。しかし彼はたんに、戦争遂行のためだけを目的とする国家の再組織を要求したのではなかった。若しそうだとすれば、「国家改造」ではなく「国家総動員」を主張することで、こと足りた筈である。もちろん「総動員」のためにも改造は必要であろう。しかしその観点から言えば、後述するような、国語のエスペラントヘの移行などという論点が生れることはありえなかったであろうし、また私有財産限度以内での個人の消費の自由などという主張は真向うから否定されてしまっていたにちがいない。

  1) 2.26事件関係憲兵隊調書、3−445頁


 いまのところ、『支那革命外史』から『改造法案』に至る北の思考の過程を資料的にあとづけることはできない。しかし、この両著を比較してみると、次のような過程を推測することができる。まず北は、『外史』において「支那保全」のための積極的方策として打出した対英・対露戦争の主張を、今度は「支那保全」と切り離して、日本独自の課題として正面から捉え直そうと考えるに至った。すでにみたように彼は『外史』においてすでにこの方向に一歩を踏み出しているのであり、 この転換は、中国革命進展の具体的見通しを失いつつあった北にとって、避けがたいものとなったと考えられる。しかしこの戦争論の転換のためには、「支那保全」にかわる新たな意義づけが必要となり、そこから戦争そのものを、世界史の発展との関連で意義づけようとする観点が生れる。さらにこの間、米騒動の衝撃によって、彼は、戦争による国家の拡大と、それを支える国内体制のあり方との関連という問題に眼をむけざるをえなくなったに違いない。そしてこうした内外の問題を統一的に解決する方法を模索した北は、かつて『国体論』で展開した彼独特の進化論にたちかえり、理論的基礎の再確立を企てるにいたったと考えられるのである。もっとも、北は『改造法案』においては、彼の進化論そのものを直接には展開していない。しかしこの『法案』の骨組みはまさに彼の進化論によってしかときほぐしてゆくことのできない構造をもっているのであり、従って『改造法案』の理解のためには、まず彼の進化論展開の方向を探ることから始めねばならないであろう。

 この『法案』における進化論的発想は、世界史の発展についての次のような把握のなかに、最も端的な形で示されていた。北はまず、世界の現状を「国際的戦国時代」と捉える。そしてこの「現時マデノ国際的戦国時代二亜イテ来ルヘキ可能ナル世界ノ平和ハ必ス世界ノ大小国家ノ上二君臨スル最強ナル国家ノ出現ニヨリテ維持サルル封建的平和ナラザルベカラズ」(2-280頁)というのである。この「封建的平和」が全世界的な規模での幕藩体制といったイメージでとらえられていることは、「全世界二与へラレタル当面ノ問題ハ何ノ国家何ノ民族ガ徳川将軍タリ神聖皇帝タルカノー事アルノミ。日本民族ハ主権ノ原始的意義統治権ノ上ノ最高ノ統治権ガ国際的二復活シテ各国ヲ統治スル最高ノ国家ノ出現ヲ悟得スベシ」(2-281頁)という叙述からうかがうことができよう。つまり最高国家の権力によって、他の国家の権力が制限され規制されるという幕府=大名的な関係が「封建的平和」として想定されているのである。

 しかし彼がこうした形で世界史の発展方向を提示しようとしたのは、単なる予測の試みではなかった。彼がここで、人類進化の段階を問題にしようとしていることは、封建的平和につづく次の一節で明らかとなる。すなわち,「国境ヲ撤去シタル世界ノ平和ヲ考フル各種ノ主義ハ其ノ理想ノ設定二於テ是レヲ可能ナラシムル幾多ノ根本的條件則チ人類ガ更二重大ナル科学的発明卜神性的躍進トヲ得タル後ナルベキコトヲ無視シタル者」(2-280〜1頁)と彼は言う。つまり彼はここで、第一には、人類はその進化の結果、国境のない単一の世界社会に到達すると主張しているのであるが、しかし第二には、そのためには「封建的平和」という過渡的段階を経過することがどうしても必要であり、国際的戦国時代という現段階で直ちに、「国境ヲ撤去シタル世界ノ平和」を唱えることを非現実的幻想として排撃しているのである。

 つまり北は、「封建的平和」を、そのもとで、人類が進化し国家的・民族的対立が次第に解消してゆくような、人類進化の一つの発展段階として設定したのであった。従ってこの論理でゆけば、封建的平和をもたらすべき最強国家とは、たんに最強・最大の軍事力・経済力を持つばかりでなく、現在の国家にはみられないような「進化の推進力」を有するものでなければならないということになる。もしそうでなければ、国際的戦国時代→最強国家のもとでの封建的平和→国境を撤去した世界単一社会という進化の図式そのものが成り立たなくなってしまう。 つまり最強・最高国家の本質はこの「進化の推進力」の内包という点に求められることになるわけであるが、しかし「進化の推進力」とは何かといった問題は、『改造法案』では全く論じられていない。さきにみたように、「国境ヲ撤去シタル世界ノ平和」についても、たんに「重大ナル科学的発明卜神性的躍進トヲ得タル後」と述べて、自らの進化論発想を示唆しているにすぎない。しかし、ここで北が、かつての『国体論』で展開した進化論を基礎としながら、人類進化の道程をかつてとはちがった形で捉えなおそうとしているのは明らかであろう。

 ところで『国体論』における北の社会進化論は、進化の基本構造を生存競争の単位としての社会の拡大に求め、拡大した社会の成員間における同化作用と、意識主体の部落→家族→個人への分化及び「個人の自由独立」の強化という分化作用との相乗効果のなかから、次の進化をすすめるためのより大きな生存競争の力が生れるとするものであった。すなわち、分化し自律化した個人の公共心、国家意識の強化が国家社会を拡大し、そのもとでの同化作用の拡大と個人の社会性の強化とが、次の進化の推進力となる、つまり国家社会の拡大が進化の各段階のくぎりとなるというのが北の論理の特徴であった。

 しかし北は、すでに指摘したように1)、『国体論』においてはこの進化論を国家社会と個人との関係にとどめて、 国家間の関係については、 世界連邦議会での投票による世界平和の可能性を追求しようとしていた。そしてそこでは世界平和について語り得たとしても、彼の進化論の立場から言って世界的な同化作用の基礎をどこに求めるべきかという問題を解明できないままに終っていたのであった。『国体論』から『改造法案』ヘの転回への論理的な基軸は、この世界連邦議会による世界平和の可能性という構想を放棄して、同化=分化を軸とする彼独特の進化論を、世界史のレベルまで貫徹させてゆくことにあったとみることができる。そしてそれは、かつての『国体論』では補足的にしか触れられていなかった「国家競争」の問題を正面に引き出しながら世界連邦構想を再検討するという形で進められていったと思われるのである。従ってわれわれもここでもう一度、この問題に立ちかえってみなくてはならない。

1) 本稿(1)、人文学報36号、161〜2頁参照


 『国体論』における北の世界連邦構想は、次の2つの問題関心から生み出されたものであった。すなわち第一には、人類進化の終局において国家的対立を解消させるためには、過渡的な国家関係をどのように設定することが必要なのかという問題であり、第二にはそのことと関連させながら、現実に支配的な力をふるっている帝国主義を、進化論的にどう批判するのかという問題であった。

 北はまず、生存競争の単位の拡大とともに競争方法そのものも進化するという考え方を前提としながら第一の問題については、次のように述べていた。「社会主義の世界連邦論は斯の競争の単位を世界の単位に進化せしむると共に、国家競争の内容を連邦議会の議決に進化せしめんとする者なり。階級闘争が始めに競争を決定すべき政治機関なかりしが為めに常に反乱と暗殺の方法にて行われ来りしもの、今日内容の進化して競争の決定を投票に訴ふるに至りたる如く、現今の国家競争が等しく未だ競争を決定すべき政治機関なきが為めに今尚外交の隠謀譎詐と砲火の殺戮の方法に於て行はるゝものを、今後は階級競争の其れの如く投票により決せんが為めに世界連邦論あるなり」(1-112頁)と。そしてこの世界連邦のもとで「更に一段の進化によりて連邦間の競争は全く絶滅して人類一国の黄金郷に至」(同前)るというのが北の想定であった。すなわち北はこの時期には、階級闘争の議会主義的解決と対応させながら、国家間の闘争をも平和的に解決するという方向に人類は進化すると考えていたのであり、従ってまた国家関係を平和的に規制する機関としての世界連邦論に関心を向けたのであった。

 しかし彼は、世界連邦への道が容易に進展すると考えていたわけではなかった。『国体論』 の末尾近くには次のような一節がみられる。「社会主義は階級競争と共に国家競争の絶滅すべきを理想としつつあるものなり。而しながら現実の国家として物質的保護の平等と精神的開発の普及となきを以て、社会主義の名に於て階級闘争が戦はれつつある如く、経済的境遇の甚しき相違と精神的生活の絶大なる変異とが世界連邦の実現と及び世界的言語(例えばエスペラントの如き)とにより掃蕩されざる間、社会主義の名に於て国家競争を無視する能はず。著しく卓越せる者に非らざるよりは階級的真善美より超越する能はざる如く、国外の人種民族に接すること少なく又外国の言語思想を解せざる一般の国民に取りては国家的道徳智識容貌の外に出づる能はざるなり。即ち個人の世界に対する関係は階級と国家とを通じてならざるべからず。階級闘争が階級的隔絶に依る如く、 国家競争は實にこの国家的対立に原因するなり。」(1-432頁〜3頁)

 北はここでは、世界的同化作用を阻害する要因として「経済的境遇の甚しき相違」と「精神的生活の絶大なる変異」とをあげ、世界連邦と世界的言語がこの阻害要因を掃蕩することを期待する。しかしその反面では、一般国民が個人として国家をこえて交流することを不可能とみ、またこの国家間の経済的、精神的条件の相異から「国家的対立」が生ずるとしているのであり、その点から言えば、世界連邦や世界的言語の成立のきめ手を見出すことさえも困難になる筈であった。

 ではこのような難点を知りながら、北は何故、世界連邦構想に固執しようとしたのであろうか。ここで我々は彼の帝国主義批判の問題に眼をむけなければならなくなる。つまり、『国体論』においては、帝国主義は人類進化を阻害するという側面から捉えられているのであり、従って北が自らの進化論に忠実であろうとすれば、いかに難点の多いものであったにしても世界連邦構想を打出して、帝国主義否認の原則的立場を堅持しなくてはならなかったと考えられるのである。かつての彼は帝国主義を次のように批判していたのであった。「帝国主義の終局なる夢想は一人種一国家が他の人種他の国家を併呑抑圧して対抗する能はざるに至らしむる平和にあり。……今日までに行はれたる国家競争が征服併呑の形に於て社会を進化せしめたる―即ち社会学者の所謂同化作用によりて個体の階級を高めて今日までの大国家に進化せしめたるは固より事実なり。故に吾人は帝国主義を以て歴史上社会進化の最も力ありし道程たることを強烈に認識す。而しながら同化作用と共に分化作用あり。外部的強迫力によりて同化するより外なかりし国家競争の進化は他の進化たる分化作用によりて其の同化作用を阻害せられ、又外部よりの同化作用を強迫さるることの為めに分化作用を圧迫せられて社会の進化に於て誠に遅々たりき。─社会主義の世界連邦国は国家人種の分化的発達の上に世界的同化作用を為さんとする者なり。故に自国の独立を脅かす者を排除すると共に、他の国家の上に自家の同化作用を強力によりて行はんとする侵略を許容せず。」(1−111頁)と。

  ここで北は、帝国主義を他民族に対する征服・抑圧の点で捉え、それが他民族をとり込むことによって同化作用を拡大したことを認めながらも、同時に、そこでは他民族に対する「抑圧」が、同化作用と分化作用との相乗的展開を阻害することになると批判しているのである。彼はこの点について具体的には説明していないが、そこには、階級闘争論において展開した論理が前提されていたとみることができる。すでにふれたように1)北は『国体論』において、階級闘争の効果は「模倣と同化とによりて下層階級の上層に進化して上層階級の拡張することに在り」(1〜393頁)と述べているのであり、同化・分化の観点から言えば、闘争による生活条件の向上が下層階級の分化をうながし、そこから上層へ同化しようとするエネルギーが生れる、という形で階級闘争を捉えていたと言うことができよう。

  1) 本稿(1)、人文学報、36号156〜7頁参照


 つまりそこには、生活条件の向上が個人生活の充実をもたらすとともに(=分化的発達)、階級意識は消滅に向い同化作用が強化されるという図式が用意されているのであり、同化作用の基盤としては分化的発達が、さらにその分化的発達を生み出す条件としては生活条件の向上が想定されているわけである。従ってこの図式から言えば、帝国主義は同化作用の枠組を拡大するだけで、それを動かす原動力としての、下層階級=被支配民族の生活条件の向上を阻止している点で批判されなければならないこととなる。つまりさきの引用に示されている帝国主義の批判は、次のように言いかえることができよう。すなわち、帝国主義の支配は、その「抑圧」に対する被支配民族の抵抗によって同化作用の展開を阻害されるとともに、被支配民族の生活条件の向上=その「分化的発達」をはばみ、彼等の支配民族に向っての上昇=下からの同化作用のエネルギーを失わせるものにほかならないと。

 従って『国体論』における北の「世界連邦論」は、こうした帝国主義の弊害を除去するために、征服と抑圧による同化という方向を否定して、まず「国家人種の分化的発達」を先行させ、その上で「世界的同化作用」の実現をはかろうとするものであったと言えよう。北を世界連邦論の方向につき動かしていった決定的な契機は、このような進化論的帝国主義批判にあったと考えられるのである。

 しかし同時に、このような進化論にもとずく帝国主義批判にとっては、民族の国家的独立という問題は、第二義的な意味しかもっていなかったことに眼をむけておく必要があろう。

 たしかに北はその世界連邦論においては、さきに引用したように、「自国の独立を脅かす者を排除すると共に、他の国家の上に自家の同化作用を強力によりて行はんとする侵略を許容せず」と主張していた。しかしすでにみてきたような彼の文脈から言えば、ここでの「独立」の擁護は、国家、民族の分化的発達を促すための1つの手段・政策の主張にほかならなかったとみるべきであろう。生活条件の向上を同化作用の推進力とみる彼の進化論から言えば、民族の国家的独立は、帝国主義に抵抗し生活条件の維持・向上をはかるという役割を与えられたとしても、やがては同化作用の拡大とともに、世界社会のなかに融解してゆくべきものである筈であった。つまりかつての「民族の国家的独立」の主張は、彼の進化論上の要請を満しうる他の手段方法が見出されれば、それによって代置されることが可能であるような、帝国主義批判のあり方に附随した命題にすぎなかったと言える。言いかえれば、『国体論』における世界連邦構想は、これまでみてきたような、特殊な進化論的帝国主義批判によって支えられているのであり、この支柱がとりはらわれれば直ちに崩壊せざるをえない性格のものなのであった。

 といっても、『改造法案』における北が、帝国主義の全面的肯定に逆転したというのではない。彼は帝国主義に対する批判的観点を維持しながらも、同時に帝国主義的膨張力を再評価しようとする方向に転じていったのであった。この転換はまず、帝国主義の平和的解消という構想を非現実的なものとしてしりぞけ、帝国主義を打倒する現実的な力を模索するという形で始められたことであろう。つまり彼の帝国主義批判は、現に世界の強国という形で存在している帝国主義の支配体制を、どのような方法で、どのような現実的な力によって解体してゆくのかという新たな問題を中心として展開されることになるのであった。 そしてその現実的な力とは、彼の論理から言えば、現に存在する特定の国家の軍事力に求めるほかはなかった。彼は自国・日本をこの特定の国家たらしめんとするに至るのである。  

 平和的な方向から軍事的な方向へのこの発想の転換によって、世界連邦構想はたちまちのうちに消滅し、かわって「国際的戦国時代」という現状把握が登場することになるのであった。『支那革命外史』において「支那保全」のために主張された対英・対露戦争は、この新たな観点から言えば、既成帝国主義を攻撃する人類進化のための戦いとして意義づけられることになる筈であった。

 しかしこの構想を成り立たせるためには、帝国主義を攻撃し解体する特定の国家が、人類進化の担い手たりうる国家であることが必要となる。それが従来の帝国主義と同質の国家にすぎないならば、たんに帝国主義相互間の戦争がくり返されるにとどまり、進化のための新たな段階への展望は閉ざされざるをえない。ここで北は、そのなかで異民族が同化してゆけるような国家のあり方を構想することによって、この論理的要請に応えようとしたのであった。北における「国家改造」とは、まさにこうした進化の担い手たりうる国家をつくりあげるということにほかならなかった。

  彼は『改造法案』の末尾に「改造セラレタル合理的国家が国際的正義ヲ叫ブトキ之レニ対抗シ得ベキ一学説ナシ」(2‐274頁)と書いているが、この「合理的」とは、彼が想定した進化の過程を促進する力を持つものといった意味に解することが出来よう。そして人類の進化を神に至る倫理的な過程として捉えている彼の立場から言えば、この「合理的国家」が武力によって次々と他民族を自己の内部にとり込んで来ることは、倫理的行為として全面的に肯定されることになる筈であった。

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